ALTOLIVELLO スタッフBLOG

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ワイナリー訪問記 vol.4 TERCIC MATIJAZ-1

IMG_4856.jpg
Azienda Agricola Tercic Matijaž

さて、出張などですっかり疎かになっておりましたが、4月のイタリア訪問記。
ワイナリー訪問の第2弾は、「コッリオの天使」テルチッチ・マティアジュです。
弊社での扱いは2009年の秋からになるので、扱いが始まって1年半ですね。
ワイナリーは、フリウリの東部サン・フロリアーノ デル コッリオという場所にあります。
フリウリといっても、エリアは広くDOPもいくつも存在します。
この際なので、お勉強

無題
federdocより画像拝借

サン・フロリアーノ デル コッリオのあるCOLLIOと呼ばれるエリアは
画像の4番。緑で塗られたゾーンです。
お~狭い。。。
と言う事が分かりますよね。
ゴリツィアという町の周りにDOP COLLIOが広がります。東側はもうスロヴェニアです。
このゴリツィアという町は、歴史的にもとても複雑です。
ご興味のある方は、調べていただければと思いますが、簡単に説明すると、
第一次世界大戦まではオーストリア=ハンガリー帝国だったのですが、
第一次世界大戦では、イゾンツォ川流域の支配をめぐってイタリア王国と
オーストリア=ハンガリー帝国が争う、「イゾンツォの戦い」と呼ばれる激しい戦いの舞台となったそうです。
その後、イタリア王国に編入され、ゴリツィア県(後にウーディネ県と統合しフリウリ県)となります。
しかし、第二次世界大戦で、イタリアが降伏すると、ゴリツィア県はユーゴスラビア軍と連合国軍(米英軍)
によって分割占領されますが、大部分はユーゴスラビアの占領地域となりました。
1947年のパリ平和条約によってイタリアとユーゴスラビアの国境線が画定され、
ゴリツィア県はその面積の2/3をユーゴスラビア(スロベニア)に割譲します。
県都ゴリツィアも国境線によって分割されたのです。

IMG_4803.jpg
実際に、町の中に国境がある感じです。
旧ユーゴスラビアから1991年に独立したスロヴェニア、現在ではEUにも加盟し、
国境の検問所も無人。昔は同じ町だったスロヴェニア側との行き来も自由に行えます。

IMG_4805.jpg
スロヴェニア側のノヴァ・ゴリツィア駅の前にある国境の指標。
1947年からEU加盟の2004年まで行き来が自由に出来なかった。
旧ユーゴスラビアは冷戦時代は社会主義国。
テルチッチ家も、スロヴェニア側に居る親戚と会うことさえも自由に出来なかったとか。

ん~。思わぬところで歴史の勉強になりましたね。

えっ、ワインの話。。。。ですよね。
それはまた、次回と言う事で。 
まだまだつづく・・・・・・・・・
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  1. 2011/05/18(水) 13:21:24|
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